デジタル紙芝居の目的

2019.07.04 Thursday

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    デジタル紙芝居の目的は、個々人が持つエピソード記憶で、回想、再生のきっかけ=時空を作り、その時空で自己表現と伝達を実行する事にある。

     

    そのために、エピソード記憶を引き出し、整理し、可視化して、自分の「映像ストーリー」を展開する「デジタル紙芝居映像回想システム」がある。

     

    デジタル紙芝居映像回想システム

     

    デジタル紙芝居映像回想システムの習得希望者は、デジタル紙芝居制作所のアトリエ・教室・研究会迄連絡。

     

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    回想法のシナリオは「自問自答」である!

    2018.07.10 Tuesday

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      回想法、回想レクリエーションのシナリオは「自問自答」である。

       

      「自問自答」〜なんなの? どうなの? だからなに?

       

      自問自答であるから、「関わり」と「なりきり」が「回想」に導く。

       

      ここに、「人の記憶は映像」の観点から、「映像による自問自答」の手法とツールを研究実践。

       

      それが「デジタル紙芝居映像回想法」である。

       

      この「自問自答」の習慣が、認知症予防、ボケ防止、うつの改善、メンタルトレーニングに効果的だ。

       

      デジタル紙芝居映像回想法

      回想法を騙る「見世物」では、回想(法)には至らない!

      2018.07.10 Tuesday

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        近年急に、回想法と称して、色んな見世物的パフォーマンスがやられている。

         

        稚拙な介護職員の幼稚なお祭り騒ぎから、自分の得意分野を説明、ガイド、披露に終始するボランティア、果てはNHKまでが、受信料で作った無駄な古い番組を、さも有意義なものとしてアピールする為に、回想法にこじつけて出そうとしている。

        また、全く的外れなVR回想などと言ったものまで出てきている(これは怖い企画だ!)。

         

        人間がやる事だ。色々あっても良い。

        だが、ダメな事が一つある。

         

        それは、一方的な「見世物」を回想法に使ってはならないという事だ。

        単に昔の映像を見せるだけ、学芸会やお遊戯会的な見世物は、見ている者を回想には導かない。

        果たして「回想」の意味を理解しているのか、勉強しているのか、大いに疑問だ。

         

        「見世物」は「ふ〜ん・・・」で終わり、しばらくすると、何があったのかも覚えていない。

        演じた者だけ、やった者だけの自己満足で、見ていた者には、単なる暇つぶし、時間の無駄遣いにしかならない。

         

        こんな見世物的なアクションを、回想法だ、回想レクリエーションだというのは、あまりに稚拙すぎる。

        個人の尊厳を無視した暴走だ。

        勝手に通り過ぎていく「見世物」、置いてきぼりにされがちな見せられている者、全く回想法にはほど遠い!

         

        回想とは、過去の経験、体感した事に関して、再認感情を持って、振り返って想起する事、即ち「あるある探し、時系列の整合、言語化」する事である。

        そして、最も重要な事は、「関わり」と「なりきり」の感情である。

         

        単なる「見世物」を「回想法」にこじつけてはいけない。

        デジタル紙芝居を教育に活用

        2018.03.11 Sunday

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          ポテンシャルを引き出し、メンタルを鍛えるプレゼンテーションを指導

           

          平成30年2月6日付 福井新聞(宇野和宏記者)

          仁愛女子高校

          NHKの昔の映像は、真の映像回想法に活用出来ない!

          2018.02.21 Wednesday

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            映像回想法に活用する「映像」をどう捉えているか?

             

            単にNHKの昔の映像や、一般的な昔の写真映像などとするなら、それは回想には至らない。

             

            世間話、昔話の雑談程度のレベルで、まして、そんな状態のデータを回想効果などとするのは、全くもって稚拙な笑い話だ。

             

            映像回想の実践研究と称するならば、まず映像回想に活用する映像を作れなければ、全く話にならない。

             

            映像回想法を研究するなら、映像制作技術は必須である。

             

            加えて、単なる制作技術だけではなく、「回想法」の何たるか、「映像での回想表現手法」等を学ぶ者でなければ、論ずる事は出来ない。

             

            テレビ回想法などと銘打って、論じている者がいるが、全く的外れである。

             

            「回想」の真の意味、レベルを理解して欲しいものだ。単なる時間つぶしの映像鑑賞などで、映像回想などとは言えないのだ。

             

            NHKの昔の映像は、真の映像回想法には使えない。せいぜい時間つぶしのレクリエーションにしかならない。

             

            なぜなら、NHKの昔の映像は、今でもそうだが、一方的に作られた情報を押し付けるだけであるからである。

             

            「回想」をするのは誰であるのか、全く考慮していない。押し付け映像では「回想」には至らない!

             

            「回想」するのは受け取り側の当事者である。当事者がマインドアクションを起こす時間軸と仮想空間が必要なのである。

             

            やらせや捏造、偏った主観報道を行う歴史のNHK映像に、そんな時空は存在しない。逆に、そんな時空が存在する映像は、NHKの番組にはならないのだ。

             

            なったとしても、深夜のテストパターン映像なのである。

             

            それを、ただ昔の映像だから、NHKの映像だから、見れば回想法だなどと稚拙な思い付きで論ずるのは、あまりにも浅はかだ!

             

            映像回想法の真の目的、目指すところはそんな所にはないのである!